平成23年に、Aさんの奥様の相続手続きをお手伝いさせていただきました。
建設技師だったAさんは、現役時代の大半を海外での単身赴任で過ごされ、家のことは全て奥様に任せきりでした。
Aさんが定年退職をされた翌年、奥様は急な病で倒れ、わずか2週間の闘病の末に旅立たれてしまいました。
「何がどこにあるのか分からない?一体何をしたらよいのか?」
突然一家の司令塔を失った家は、完全に機能停止状態でした。奥様の遺産はご実家から相続した不動産の他、預貯金、株式や海外投資等多岐にわたり、全ての手続きを終えるのに半年近くを要した大変な作業でした。
そんなAさんからの久しぶりのご相談は、「自分の相続準備を手伝ってもらえないか。」との事でした。
まず、財産一覧を作成し、幾通りかの分割シミュレーションと納税額の試算をしました。次のステップは遺言書作成です。Aさんは相続が突然起きた時の、残された家族の苦労を身に染みて経験しています。
遺言書があることは、手続きがスムーズに進められる大きな利点です。
しかし、Aさんの本心は、自分が亡き後に長男長女が遺産相続で揉めることだけは何としても避けたいという思いでした。
長男は、お嫁さんが一人っ子という理由もあり、二世帯住宅を建ててお嫁さんの両親と暮らしています。
一方、長女一家はAさんの近くに住み、一人暮らしのAさんを思って頻繁に行き来をしながら細々とした日常の世話をやいてくれています。
ある日、Aさんは長男長女を実家に招集しました。テーブルに財産一覧と試算表を広げ、なんと「遺言書作成」のための協議を始めたのです。
まず、Aさんが自身の思いを子供達に伝え、次に長男長女の言い分を聞き、時にそれぞれの主張が紛議し、たしなめ合い、そんなことを何度か繰り返し、ついにAさんは全員が納得できる遺言作成協議を議長として取り纏められたのです。そしてその協議通りの遺言公正証書を作成されました。
さながら「主役(被相続人)ありの遺産分割協議」でした。
Aさん曰く「せっかく遺言書を作っても、内容が相続人同士で納得ができるものでなかったら、しこりは残ると思う。自分は全員の思いを酌んだ遺言書を作りたかった」 今後も議長健在の限り、状況が変わればまた「協議」をするよ、と穏やかにおっしゃいました。
相続(争族)対策の王道と言われる「遺言」ですが、Aさんがおっしゃるように、「遺言書があれば万全」とは言い切れないのです。
遺言の内容が、特定の相続人を優遇したものだったために他の相続人の不満が噴出、その後の親族関係が険悪になってしまった。
遺産の大半を配偶者に相続させる内容だったため、二次相続の節税対策を講じる事が出来なかった等々、遺言者の独り善がりの遺言が思わぬトラブルの原因になってしまう事もあるのです。